卒業生の感想
カレッジで”学んだ”いろいろなこと 第1期 平野 佳
私がカレッジに参加したいと考えた動機は、学校での勉強に+αして、国際協力の勉強であったり、カンボジアについての勉強が出来るカレッジだったからです。同時に、座学と実学の両方(の重要性から)がカリキュラムに組み込まれていて、特に実学の現地研修に関しては、一ヶ月というある程度の長いスパン現地に滞在出来る事が私にとって魅力的だったからです。
今思えば、本当に充実した半年間でした。
カレッジに入った当初は、想像以上に社会人の割合が多く、そこに驚きましたが、その社会人の方々との出会いは、私にとって大変貴重な出会いとなりました。本当に様々なキャリアをお持ちの方々が集まっているカレッジだったので、様々な分野のお話を聞く事が出来ましたし、一つの物事や事象に対して、様々な見方、考え方があるのだなあという事を勉強させて頂きました。そして、積極的にカレッジ生同士の交流のきっかけを作ろうと取り計らって下さって、カレッジの交流会を開いて下さった方々のおかげで、世代やキャリアや(各受講生の)受講科目数を越えてカレッジ生同士の仲が良く、それがこのカレッジの素晴らしい点の一つだったと思いますし、本当に良い出会いとなったと今でも感じています。
カレッジ生のやる気が高かった事も、私にとってはとても印象的でしたし、この事もこのカレッジの大変良い点だったと思います。質問タイムでは、いつも質問が出ていましたし、授業時間が延長する事もしばしばで、そういった面からも、私はカレッジ生のやる気の高さを感じていました。ある方が出した質問から議論が始まって、講師の先生も含めて、熱い意見が交された事も印象的でした。(学校では人数の関係もあって、なかなかそういった機会は得られないので…。)
講師として授業して下さる諸先生方も、普通に学生生活をしていたらとても出会う事が出来ないようなとても素晴らしい先生方で、大変勉強になりました。まさかこんなにもたくさんの諸先生方の授業を受ける事が出来るとは、想像していなかったので、充実したカレッジ生活でした。
現地研修では、ブランコ作り、施設訪問などの研修の面に加えて、一ヶ月というある程度長いスパン現地に滞在する事でわかる現地事情、そして幅広い年齢層かつ、様々なキャリアを持つメンバー構成で、一つのグループとして一丸となって団体行動を一ヶ月送る事の難しさ、大変さ、面白さ…そういった、人との関わり方も大変勉強になりました。この現地研修での一ヶ月で学んだ事は、本当に大きな事だったと思います。私はカンボジアに行ったのは二回目でしたが、改めてカンボジアが大好きになりましたし、これからもカンボジアに関わるような事が何かしらでも出来たらなあと思っています。
上記で、カレッジの良かった点の一つとして、カレッジ生同士の仲が良い事を挙げましたが、現地研修に参加する前にある程度メンバーとの人間関係が出来ていたことは非常に大事な要因だったと思います。来年カレッジの現地研修に参加される方は、是非これは参考にして頂ければと思います。
週3回という割としっかりスケジュールが組まれている中で、自分の学校と両立しながら、さらに、私は授業を受講しながら、授業の面白さ、充実さを感じていた一方で、私自身の知識不足を常に痛感する事となり(その辺りはカレッジが始まる前にもう少し自分で勉強してから授業に臨むべきだったなあと反省していますが…。)、少し大変な部分もありましたが、しかし、それ以上に得るものがあったのは言うまでもありませんし、カレッジの授業を学校の授業より真面目に聞いていたのは事実です。
私は光栄にも、一期生として入学する事が出来、卒業する事が出来ました。一期だからこそ、試行錯誤の年だったのかもしれませんが、その都度カレッジ生の意見を柔軟に聞いて取り入れてカレッジの運営をして下さったJHP事務局の方々に深く感謝しています。ありがとうございました。
カンボジアとこれからの自分 第1期 竹本 光伸
"学校を作る"というキーワードこそが私のこれからの人生の一つのテーマであり、またJHPと私を繋ぐキーワードになりました。
JHPのホームページにはこのキーワードを元に検索したことで出会うことができました。ホームページを一通り見終わったときに、このボランティアカレッジというものがとても魅力的に思えました。第一に沢山の講義を受けられるということ、これは特に社会に出たばかりの自分にとっては人生の大きなヒントを探す機会になると思った事と同時に、久しぶりに懐かしい学生気分が味わえると思った事。二つ目はカンボジアで現地研修があるということ、これはカンボジアという国に縁が無かった私にとてもよいチャンスに思えました。そして三つ目が志が近そうな人達と一緒に講義を受けることができるのではないかということでした。
カレッジのスタートは私の誕生日の九月十六日でした。これは何かの縁かな?と思い、この二十六歳になった自分への新たなテーマと受け取り、講義に参加していきました。講義一つ一つの内容はそれぞれ本当に勉強になりました。特に自分が今まで触れてこなかった分野の話ばかりだったので、すべてが新鮮で、そして新たな気づきの連続でした。ただ、一つだけ心残りだったのが、自分が疑問に思った点は質問させていただくことができましたが、ただ、質問に対してしっかりと答えて下さった先生方に、さらに返しの質問をぶつけられなかったのが心残りです。時間が限られていたこともあるため、質問に返して頂くだけでも厳しいというのはあるのですが、もっと意見や思いをぶつけたかったです。そしてディベートみたいな形式でもよかったので色々な議論ができるともっとよかったかと思います。
ただ、この意見のぶつけ合いは現地研修のカンボジアで、一緒に受講した仲間同士や、先生方とできたことが本当に貴重な時間だと感じました。その意見のぶつけ合いの一つのテーマで特に印象的だったのが"過保護"というテーマでした。
CCHというJHPが運営している孤児院を訪れた際に、なんて恵まれている環境なんだという思いがしました。少し前まではごみ山で生活していた子供も、今では一般的な子供以上に恵まれた環境で生活を送れる。それならばもっとこの子供達の環境水準を下げて、孤児院を増やした方がいいのではないかとか色々な思いを議論しました。
ただこの議論を含めて、またカンボジアでの現地研修を通してカンボジアという国、人々、物、に触れて感じたことが、何よりも日本人が一番過保護だということが分かりました。この過保護な中で育った私が、一番勉強させてもらったのが物質的豊かさよりも、心の豊かさの大事さでした。決してカンボジアはまだまだ物質的には豊かではないと感じましたが、心は日本よりもずっと豊かであると節々で感じました。その心の豊かさが、人間らしさを生み、また素敵な笑顔に結びついているんだと思いました。私がずっと忘れていたこと、そしてこれからの自分が大切にしていきたいこと、それは心の豊かさを育んでいくことだとはっきりと分かりました。日本も苦しい戦後時代がありましたが、その時の日本人は今よりもずっと心は豊かであったと小山内先生の講義を通して感じました。それがカンボジアで発見できたことが私のこのカレッジでの一番の収穫です。心の豊かさを育み、そしていつか芽が出た時に学校作りに関わっていたいと思っております。
生きるための「水」のありがたさ 第2期 林 歌子
出発当日朝5時前に、アラームのベルに起こされることなく目が覚めました。遅刻をしてはいけないという緊張とこれから一ヶ月間何が起こるのだろうという期待を胸に、冷たい冬の空気を肌に感じながら成田へ向かいました。普段ばっちり8時間睡眠をとっている私にとってはこの朝からなかなかなサバイバルの始まりでした。なぜなら睡眠時間が5時、6時間でしたから。(お蔭様で鍛えられました)プノンペンに到着し、初カンボジアの空を見た時は、すでに薄暗く夜になっていました。
隊員一同きちんとオレンジTシャツに冬から夏への衣替えも済まし、事務の方たちの出迎えを受け、いざ、名前はめちゃくちゃパリ風のシャンゼリゼホテルへ。JHPの事務所もあるNGO通りを抜けて行くとすぐにそのホテルはありました。滞在の半分以上をこのホテルのお世話になるので、とても興味津々な思いでいました。別段、十分過ごせそうという感想を持ちはしたものの、真夜中の賑やかな音と慣れない環境(夜中に目が覚めたり、いつもになく早起きをしたりと)が重なり私にとって厳しいものでした。
誰もが知っての通り、カンボジアではお水に注意をしなければいけません。ですから、洗面所のお水もうがいをしてはいけないかとおもっていたら、意外ときれいで、うがいは大丈夫とのこと、恐る恐る歯ブラシの際に口に含んでみましたが、ホテル内ではセーフ。又、毎日マイクロバスから学校へ行く途中に見えた数々の家の外には、とても大きな水釜がありました。それが彼らにとっての生活用水(私が飲んでも大丈夫なのだろうか・・・)。各学校には井戸があり、それが彼らにとっての"水"です。私たちも作業に必要な水、お湯を湧かす為の水を、その井戸から汲んできました。(*豆知識:因みに、井戸から水が出ない時、上から別の水を注ぎ込んで水を出るようにする「呼び水」をしましょう)この国にはもっと飲める水が必要なのではないかと思いました。日本では水道から簡単に水やお湯が出ますが、本来、生きる為にある大変有り難いものです。私たちが当たり前だと思っている現実は、途上国ではそうではないことを知りましたし、もっと多くの人たちに世界の現実を知ってほしいと思いました。便利になりすぎて有り難さ、感謝を忘れてしまっているのも否めません。
今回、先進国になった日本から途上国であるカンボジアへボランティアとして来る機会を与えられたわけですが、逆に忘れかけていた事を思い出させてくれた体験ができましたし、ほんとに走行距離は何キロになるのだろうと思うほどいろいろな場所へ行けたことは幸運でした。
それにしても活動の中心がブランコ作りだけでは、何か勿体ないと思っています。もちろんヤングパワーとして労力のボランティアを提供することはとても有意義なことでよいと思いますが、私のような半世紀組(活動中にお誕生日があったので・・・その節は小山内代表、今川先生、松本先生、ラン子さん、メンバー、事務の方々、皆々様、ありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。)の仲間入りをした者にとっては労力だけでないものを提供できるのではないかと、半ば自分の反省も含めそう思っています。今後、それが何なのかを考え行動することが、自分の課題なのかと思います。
ともかくこの一ヶ月間、肉体的には厳しいでしたが、とても楽しかったです。重ね重ね、どうもありがとうございました。
あきらめかけていた夢の実現へ 第2期 仲谷 潔子
港区国際交流協会から送られてきた「小山内美恵子国際ボランティア・カレッジ(以下、カレッジ)第二期生募集案内」を手にしたのは昨年夏の初め。その中に『カンボジア』という文字を見つけた時、忘れかけていた思いが蘇ってきました。
アメリカ行きの機上でボートピープルと遭遇し、その後アメリカ滞在中によく「ベトナム人?」と間違われた事や実際難民の子供たちと会う機会があった事等が衝撃的で、改めて日本はじめアジアの国々に目を向けはじめたのが20代初め。その後機会があればアジア諸国を訪ね、映画「キリング・フィールド」、故近藤紘一さんの著書「戦争と混迷を逃れて」、故沢田教一カメラマンの存在、そして崩れゆく危機に瀕していたアンコールワット遺跡群等カンボジアに関する事柄に心傾け、観光でなくもっと深い関わりあいを持ってカンボジアを訪れたいというこだわりを抱きつつ、その術を見出せずディレンマに陥っていた30代前後。心の奥底にそうした課題を残したまま、いつの間にか半世紀組といわれる年代となっていました。
重くなっていた腰を上げて参加した説明会で、カレッジ一期生黒田敦子さんの「なぜ国際協力が必要なのか?その答えをカレッジで見つけ出せました。」とのお話が印象深く説得力があり、あきらめかけていた夢を実現できるかも?とカレッジ参加を決意。つい最近黒田さんのカレッジ一期生研修報告を読む機会があり、20代に同じような体験をされていて、また講義についても衝撃を受けたり感銘を受けた事が類似していて、私と同じような感性を持った(と勝手に解釈)人が先輩一期生にいたこと、しかも同年代だと知り秘かに感激しました。団塊の世代の次世代生まれの宿命を背負い影武者的存在であるけれど少数精鋭の心意気を持っている同世代の人達が後に続く事を期待します。
さて待望の現地研修、黒澤明監督の映画「どですかでん」のシーンさながらのカンボジアの街並みや風景は、私自身が小学校でブランコに乗っていた時代、昭和30年代半ばから40年代初めに目にした懐かしいものでした。ブランコ作成現場では、今回の研修参加を応援支持してくれた幼稚園以来の幼馴染み達や恩師との楽しかった出来事を思い出し、ふと子供の頃の自分に戻った体験をしました。当時の子供心を呼び戻して子供達と交流しながら願った事、それは子供達に大切な思い出作りそして学ぶ楽しさや喜びを学校という場所で育んでほしいという事です。初等教育の普及が途上国の発展の礎になるという事を講義で学びましたが、まず子供だけでなく親やまわりの大人が学校に気楽に訪れるきっかけや環境を作る事が重要なのではと感じました。
忘れられない事がもうひとつ、運転手のトンブンさんや村の長老等の同年代の人達との出会いです。ポルポト政権下を体験した彼らの笑顔にある深く刻まれた皺の深さが、これまでの苦労を物語っているようでした。同じ人間として「人生半世紀はどうだったか?」と振り返る事は当然あるでしょう。互いにそんな思いを語り合いたいと思いながらも、彼らの心の底にある思いや本音を聞く事は当分できない、いや生涯できないかもしれないという現実。それでも、共に行動した中で心通わす瞬間があり、ほんの少し彼らが歩み寄ってくれた事に心から感謝、残された人生をどうか平穏に送ってほしいと願いました。
帰国直後の「お疲れ様!で、次はどこに行く?」という主人の言葉ありがたく、次はどうしよう?と今後の動向を考えなければ、というのが現在の状況です。機会あれば近い将来作成したブランコのメンテナンスや制覇できなかった一号線への遠征を実現させたいと夢はまだ続きます。
最後に今回のカレッジ参加に関して、何よりも理解を示してくれた親族およびバックアップして下さった職場スタッフや友人達、そしてJHP関係者の方々のご尽力に深く感謝いたします。
自分のやりたいこと、やってみたかったこと・・。第3期生 福田 三織
私が国際ボランティアカレッジ及びJHPを知ったのは去年の夏ごろ。そして、今年ももうすぐ夏がやってこようとしています。
日々たんたんと仕事をこなすだけの毎日。中学生ぐらいから、世界を股にかけて働いている人に憧れ、いつか自分も・・と思いながらなぜかそれとは全く違う仕事に就き、もう2年以上が過ぎていました。
しかし、そんな中でも、私の中で少しずつ転機が訪れていたように思います。まず、SVAのスタディーツアーでラオスに行ったこと。締め切りぎりぎりでその存在を知り、勢いで申し込み、運良く?キャンセルの方が出て、無事参加することができたのです。その時に東南アジアの魅力に取りつかれ、NGOの活動の力をもう一度再認識しました。そしてその次の年にJHPを知ったのです。
小山内代表の楽しそうな様子、素晴らしい講師の方々と講義内容、私でも手の届く授業料そしてカンボジア現地研修・・。これはやるしかないと思いました。
そして、参加してよかったです。本当に。
ラオスに行く前、私は一人の若くてきれいで仕事をばりばりこなす女性経営者の方にこう言われました「ボランティアは偽善者のやることだと思うから、私はボランティアをする人は嫌い」。その時私は何も言い返せませんでした。確かに、相手のことを考えず、自己満足だけでボランティアを行っている人もいると聞きます。でも、ボランティアカレッジに参加して、JHPの活動を見て、小山内代表を初め講師の方、職員の方、支援を受けている子どもたち、活動に参加した学生をみて、今では、ボランティアは何かを「してあげる」自己満足の世界ではなく、単純に人と人との助け合いの場であり、人に対する思いやりの心からくる行動なんだと感じています
。
「自分の世界は、自分が思っていた以上に広げられる」ということ。
「自分の努力と勇気しだいで、実現できる事柄が増える」ということ。
「世界は狭い」ということをこのカレッジにきて学んだように思います。
そして、なにより多くの尊敬すべき先生方、スタッフの皆さん、大切な友人に出会えたことが本当にうれしいです。
私は今、カレッジの講義でお世話になった、国際日本語普及協会の西尾先生に紹介していただいた、日本語学校で、日本語教師になるための勉強をしています。
これからは、自分のやりたいこと、やってみたかったこと・・1歩ずつ挑戦していけたらと思います。
カレッジに参加して 第3期 鹿島 楓
私は、ボランティア、そして国際協力ということの意味をもっと広く知りたいと思い、このカレッジに入りました。
まず、私はこの「ボランティア」という言葉に少し抵抗を持っていました。私は大学院で児童福祉について研究していますが、福祉のフィールドでは、ボランティアの存在が必要不可欠であると感じられます。ですから、私自身もボランティアという立場で活動に参加させてもらうことが何度かありました。それには、人のために何か役立ちたいという気持ちもあるけれど、それよりも目下の目的として、いずれはそうした人間になれるように、もっと現場のことを知りたいし、そこで学びたいことが沢山あるから参加する、というのが正直なところでした。しかし、そうした体験を周囲に話す時、「ボランティアに行ってきた」というようなことを言うと、「えらいね、優しいね、無償でしょ。」というような反応を返されることが多々ありました。それからというもの、なんとなくボランティアという言葉を口にするのが億劫になってしまいました。
次に国際協力に関して、これも入りは子どもの問題に関してなのですが、私は昔から児童労働や子ども兵士、児童買春等の問題に興味がありました。そうした所から、国際的な活動に参加してみたいという気持ちがありました。ですが、普段国内の問題ばかりを見ていたので、やってみたいけれど、日本国内の高齢者福祉問題や、派遣労働者の問題など、対策が必要な問題が山積みであるのに、ODAの額を増やすなど、他国への支援以前にやらなければならないことがあるのでは?という考えも、頭の片隅にありました。また物資を送るということも、「送ることが支援なの?物を与える支援は、相手が支援慣れして自立しないって聞くけど。」という突っ込みにあったりすると、不愉快な気持ちになって、無理強いするものでもないし、関心のある人が活動に参加すれば良いのではないかと思うようになりました。
このように、私は非常にちまちました悩みを持ってカレッジに参加した訳ですが、半年間学び、そして現地へ行って感じたことは、はっきり言って「そんなことはどうでも良い」ということでした。ボランティアが何なのか、国際協力が何なのか、定義づけて周りに賛同してもらうことよりも、自分が何を見て、何を感じて、どうしたいのか、それを自分の言葉で話せなかっただけのことであると思います。
現地ではJHPの音楽コンテストの予選を見学させていただきました。私はそれを見て、演奏の上手い下手ではなく、このコンテストを1つの目標にして、「みんなで練習をする、本番前にドキドキする、決勝に進めて嬉しい、進めなくて悔しい、次はもっと頑張ろうと思う」というように、色んな思いを経験すること、みんなで思いを共有することが何よりも大切なことなのではないかと思いました。それはJHPの支援者の方が送ってくださったピアニカによってもたらされているものです。JHPの活動は、ピアニカという物を送るのと同時に、子ども達に沢山の思いの種を送っているのだと感じました。ODAに関しても、国際社会の中の日本とその役割を見る、という視点が自分には足りなかったと思います。
このカレッジに参加して、私は多くの先生から学んだこと、現地で見て感じたことを、これからは偏屈な自分の理論や殻に閉じこもらないで、今現在、国際協力に興味のない人にも広められる人間になりたいと思いました。
最後に、短期間ではありますが、何年も一緒にいた親友や家族のようになれたカレッジメンバーに出会えたことは、今後の自分の財産になると感じています。本当にありがとうございました。
カレッジに参加して 第4期 内藤 亜実
3週間の現地研修を無事に終えることができました。私にとって、カンボジアの事を想って活動している日本人の方々に出会えたことが、この旅の一番の収穫でした。最貧困層への支援を重要とする考えや、カンボジアと日本の国同士の関係として支援をとらえる考えなどを知り、さまざまな視点からアプローチすることの必要性を感じました。政府やNGOなど、それぞれに得意な分野と不得意な分野が異なることを知りました。しかし、これらの様々な考えを持つ多くの人が、カンボジアをより良くする事に真剣に取り組む姿は共通していると感じました。
そして、遺跡や博物館を実際に目で見て歴史を知ったことにより、現代のカンボジア人に対する影響や役割についても知ることができました。カンボジアを理解するということに近づけたのではないかと感じました。
また、カンボジアだけに限らず世界に依然として続いている問題、戦争や飢餓、人権の侵害についても考えさせられました。必要なのは、常に広い視野をもち相手のことを考え、他国と協力して解決に向かって進むことだと感じました。
この3週間での経験を活かし、カンボジアで感じた気持ちを忘れずに進んで行きたいと思います。
我々の訪問を受け入れてくださった方々、また応援してくださった多くの方々に感謝いたします。ありがとうございました。
カレッジに参加して 第4期 鹿島 佑太
私たちはTVなどのメディアにおいて、世界で貧困に喘いでいる人々や学校に行きたくても行けない子どもたちの映像を見ることがあります。多くの人はそれを見て「かわいそう」とか「なんとかしなくちゃ」などと口では言うのだが、実際には何もしないまま日常生活に戻っていくのである。私もかつてはその一人であったように感じます。
しかし大学に入り教育者を目指す上で、ある時からTVで見るような現実に対し心は動かされるのに何もできていない自分の無力さにいらだちや一種の罪悪感さえ覚えました。その中で私一人では本当に小さな力で何の役にも立てないかもしれないけれどボランティアを通じ世界に貢献できたらと思い始めました。そのためにはまず、ボランティアとは何なのか?国際貢献とは何か?を知る必要があると感じました。現在、世界の状況を知るための最も身近な手段はメディアですが、そこに映し出されるものが世界のすべてではありません。だからこそ、どこか加工されてしまっている情報よりも実際に現地に赴き、その場所の人と触れ合うことで本当の意味で世界を知り、そこから新たな発見をして、自分の視野が広がるものだと思い参加しました。
現地研修を終えて、自分が今後学んだことを今後どのように活かしていくかについてはまだ模索中です。しかし、今回経験したことを家族や友人をはじめとするいろんな人に伝えていくことが第一歩であるように感じます。
そして、将来的には現在目指している小学校教員になり、国際協力の重要性、そして参加することの大切さを子どもたちに伝えていきたいです。さらに現職教員募集制度を利用して、青年海外協力隊に参加したいと考えています。「伝えて・広めて・行動する」人になりたいと思っています。
カレッジに参加して 第5期 田中 宗一
私は今回、第5期「小山内美江子国際ボランティア・カレッジ」の隊長としてカンボジアの現地研修に参加しました。そして、2011年4月より、JHP・学校をつくる会の職員として働くことになりました。
ただ、最初に言ってしまうと、私が国際協力に関わり始めたのは、「小山内美江子国際ボランティア・カレッジ」を受けてからです。そうです、私はまだ0から始めたばかりなのです!それまでの私は、お恥ずかしながら国際協力の知識や特定の問題意識を持ち合わせておらず、開発途上国の子ども達が貧しく暮らしている写真やDVDを見ても、どんな生活をしているのか想像できませんでした。
そこで、まずは一度自分の目で開発途上国の現状を見に行こうと思った次第ですが、治安・衛生面で不安な部分もあり、カンボジアに行く前は少し気が重かったのも事実です。もちろん、行ってみたらカンボジアに対する意識は大きく変わりました。首都プノンペンは若者が多く、街中に賑やかな店が立ち並び、大変活気がありました。その一方で、スラム街の何とも言えない蒸し暑さや閉塞感を感じて、なぜ同じ人間同士がこれほどまでに格差を抱えなければならないのだろうかと問題意識を持ちました。
また、JHPが建設した学校を訪問すると、沢山の子ども達が教室から飛び出してきて、彼らのキラキラ輝く瞳や笑顔、温もりを感じて、私は彼らのために何ができるかを考えるようになりました。そんなとき、JHPが主催する音楽コンテストで、日本から送られてきた鍵盤ハーモニカを楽しそうに吹く子ども達を見て、彼らに音楽教育の機会を提供することは一つの大切な取り組みなのではないかと思いました。音楽コンテストでは、鍵盤ハーモニカ以外の音色を聞いてもらいたくて、5期生はリコーダー、ハンドベル、トロンボーンなどを使って演奏しました。よっぽど珍しかったようで、子ども達の耳に私たちの音色が吸い込まれていくようでした。
今振り返ってみると、こうした経験ができたのは、カンボジアに行く前に国内で講義を受けて、興味や関心、問題意識を高めることができたからだと思います。もし講義を受けず、何の準備もしないまま現地で話を聞いても、全く理解できなかっただろうと思います。例えば、ポル・ポト政権がどういった流れで生まれ、国全体にどのようなダメージを与えたかを学ぶためには、史跡を巡るだけでなく、専門の方から講義を受けて知識の面で不明なところを少なくしておく必要があると思います。
国内で講義を受けて印象的だったことは、受講生の出席率が高く、一人一人問題意識が異なっていた点です。講義では、毎回学ぶテーマが異なりますが、必ず受講生の中に一人はそのテーマに詳しい方がいて、私は大きな刺激を受けました。それだけでなく、合宿や交流会、現地研修を通じて、様々な考え方に接することができたのは私にとって非常に貴重な経験になりました。今後は、研修で芽生えた自分の問題意識を大切にしつつ、国際協力の分野を取り巻く方々の、様々な目線を理解して行動していきたいと思います。
半年間お世話になりました皆様、本当にありがとうございました。
カンボジアに思いを馳せて 第5期 今村 芽生
『カンボジア、どうだった?』――帰国後、沢山の人にこう聞かれ、私はその度に答えに詰まった。つまらなかったからではない。色々なことがありすぎて、この旅の感想を伝えるための適切な言葉が見つからなかったからだ。確かにカレッジ生の皆と3週間を共にし、様々な団体の施設を訪問しては感じたことを議論し、青空の下で子どもたちにも手伝ってもらいながらブランコを建設した時間は充実していて楽しかった。しかし、私たちが見てきたものは、「楽しい」という安易な言葉だけで片付けられるものではなく、目をそらさずに向き合わなければいけない問題が沢山あった。
小学校を途中で辞めなければならない子どもたち、スラムに暮らす人々、物乞い、ポル・ポト時代という歴史…これらの現実を目にする度に、彼らに対して私は何をすることができるのかと自問しては、自分の無力さを感じ、情けなくなった。これらの問題が一朝一夕に解決できるようなものでないことは、誰もがわかっている。だからこそ、少しでも現状を改善するためにJHPを初め、多くの団体がカンボジアでの活動を続けているのだと現実を見て改めて実感した。
思えば半年前、カレッジに参加する前の私にとってカンボジアは遠い存在だった。「世界には十分な教育を受けられない子ども達が沢山いる」という事実を頭の片隅に知りながらも、彼らのために何かをしようとか、その問題をどう解決していったら良いのか真剣に考えたこと等がなかった。しかし、カレッジで毎週講義を受け、帰りの電車で配られたプリントを読んだり、ノートを見返したりする中で、世界の問題に対する自分の心の距離が近づいていったような気がしていた。
帰国して思うことは、カンボジアで見てきた多くの問題と今後も向き合い続けることが、現実を見てきた私たちに課された責任であるということだ。それは支援を行う団体に寄付をすることかもしれないし、ボランティア活動に参加することかもしれない。もしくは学びを継続することかもしれない。それぞれ活動の形は違うが、それらに共通することは私たちが見てきた問題に対して関心を持ち続けることだ。
カンボジアから帰国して4ヶ月以上が経った。大学の授業も始まり、満員電車に揺られ通学する日常が繰り返されている。まるでカンボジアでの穏やかな3週間が遠い昔のことのようにさえ感じられる。しかし私は時々、ビルの隙間から顔を覗く東京の小さな空を見上げ、カンボジアの広く真っ青な空を思い出しては、カンボジアに思いを馳せている。
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