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会の紹介・スタッフ

JHPの運営は東京事務所、プノンペン事務所が拠点となっています。世代も色々、個性豊かなメンバーが毎日楽しく仕事をしています。ここでは、ちょっとだけ自己紹介。続きはお会いした時に・・・。

東京事務所

常勤理事

岩本宗孝(いわもとむねたか)
2002年のスタディツアーに参加して以来、すでに5年を数えます。この間、事務局長という役割も担い、それなりに責任も感じています。一方で、それまでの、サラリーマン生活ではまったく経験のなかったような新しい人びととの出会いがあり、楽しく充実した日々を過ごしています。
吉岡健治(よしおかけんじ)
2001年初めよりJHP事務局に加わり既に7年間たちました。2004年末までは事務局長を務め、その後は常勤の理事として主に関係団体を担当しています。担当している団体はJEN(共同代表理事)、カンボジア市民フォーラム(世話人)、アフリカへ毛布をおくる運動を推進する委員会(監事)です。
松本伸夫(まつもとのぶお)
1991年フィリピンの台風災害緊急援助に参加した私のルポを毎日新聞紙上で読んで、励ましのお手紙をいただいたのが縁で小山内代表と知り合いました。その後代表がカンボジアを活動拠点にJHPを設立されたことに、内戦時代同地に常駐した私は強く惹かれ、06年の大学定年退職を機に国際ボランティア・カレッジ担当理事兼講師として働いています。

事務局

中込祥高(なかごみよしたか)
埼玉生まれ。1996年大東文化大学4年の夏に代表講演を聞きJHPの門を叩く。同12月にカンボジア隊経験。卒業後フリーターのつもりが事務局へ。以来JHP一筋11年。昨年ウン十年ローンで埼玉の朝霞市にマイホームを完成。2008年2月にパパになりました。最近の目標は仕事と家庭の両立。
清國将義(きよくにまさよし)
大学卒業後、建設業界に勤務。その後、ちょっとしたきっかけからJHPのプノンペン駐在員として4年間勤務し、東京では海外事業部担当としてプノンペンとのやり取りをしています。趣味はダイビング、水中写真、スノーボード、クライミングなどなど体を動かす事ばかり。暇を見つけると日本を脱出し、南国の海に居ます。最近では運動不足とストレス発散の為に夜な夜なジム通いをしています。
プノンペンから帰任時の体脂肪一桁に戻すのが目標。あと3%!!! 
ここからがキツイ…。
芳賀幸子(はがさちこ)
音楽出版社兼プロダクションに勤務していた経緯から小山内代表と出会い、本業とJHP代表としての責務、両方を命がけで行なうその凄さに圧倒されことからJHPへと繋がりました。カンボジアの教育支援事業に充てさせていただく寄付金を捻出するためのチャリティーイベント、その他の国内事業を担当しています。カンボジアの子どもたちの教育環境向上のために、どうぞご協力ください!
伊藤多栄子(いとうたえこ)
JHPの前身、JIRAC(日本国際救援行動委員会)での関わりで小山内代表とご一緒にロシアに冬と夏に支援物資を届ける活動や阪神・淡路大震災で災害支援に参加して以来、なんだかんだと言いながら現在にいたっています。JHPでは『半世紀組』と呼ばれています。事務所で出会う若者達とお話しするのが大好きです。皆さんからたくさんのパワーをもらっています。
木村晋也(きむらしんや)
カレッジ担当木村晋也です。
国際協力の分野で働きたいと思いつつ、きっかけも機会もない時期に「小山内美江子国際ボランティアカレッジ」に出逢い、入学・卒業しました。そこから繋がり、今は事務局スタッフとして働いています。カレッジ受講者・関係者にとって良い繋がり、良いきっかけづくりの場になれば、幸いです。
大平初美(おおひらはつみ)
広報担当。学生時代より途上国の教育支援に関心もつ。京都の中高校在職時に他団体のスタディツアーに参加、カンボジアを知る。帰国後JHPに応募、今に至る。関西出身。お笑い好き(笑い飯など)。「ちびまる子ちゃんに出てきそう」とよく言われる。休日の過ごし方は、IKEAで買物、友人とお茶、カメラを持って散歩。
平松千波(ひらまつちなみ)
ワークショップ版「世界がもし100人の村だったら」をきっかけにNGOと出会い、
縁あってJHP事務局スタッフとなりました。
世界の100人のなかで大学教育をうけコンピュータを所有する1人であることを自覚し、
私にできることをしていきたいと思います。
最近印象に残っている言葉が「出会いも実力」。
みなさんの「出会い」のお手伝いができれば幸いです。
鳥居由美子(とりいゆみこ)
カレッジ担当鳥居です。4期カレッジ修了後、できることからはじめたい!とJHPにお世話になる事になりました。国際協力については日々勉強の毎日ですが、劇団出身で日本の学校を全国行脚していた体力と根性を武器に頑張りたいと思っています。

プノンペン事務所

駐在員


篠原美恵子
(しのはらみえこ)
縁があって、2010年3月からJHPの駐在としてカンボジアに赴任します。
初めてカンボジアの地を踏んでから早15年。変わっていくもの、変わらないものがごちゃまぜになったカンボジアで、多くの新しい出会いや発見があることを楽しみにしています。よろしくお願いいたします。

中山 中
(なかやまなか)
2007年8月、活動隊と共にプノンペン事務所へ赴任してきました。学校建設、活動隊、CCHを担当しています。建設現場を見て回るなどの外出が多く、いろんなことを目に出来るこの仕事がとても気に入っています。また、CCHの子どもたちと遊ぶことが毎週末の習慣となっています。

平林智咲
(ひらばやしちさき)
2009年6月中旬まで青年海外協力隊員としてシハヌークビルの小学校で2年間活動していました。音楽や図工の授業を受けた時の、子どもたちの瞳の輝きは忘れられません。教育支援を通じて、継続的でカンボジアの良さを生かした音楽・美術教育の普及を目指していきたいと思っています。

深山信嗣(みやまのぶつぐ)
2010年3月よりプノンペン事務所に赴任する深山信嗣です。カンボジアの文化、価値観、環境に触れられるのを楽しみにしています。また、現地のニーズに敏感でありつつ活動していきたいです。今年は、体力をつけつつ、体重を5キロ以上減らしたいです。

カンボジア人スタッフ

バン・ラス(学校建設チーム)
2001年からJHPで働いています。36歳です。建設チームのプログラムオフィサーです。2008年末には土木工学学士を取得します。建設の仕事の中でも、子どもたちに有益な学校建設にとても興味を持っています。
メーン・サコーン(学校建設チーム)
1967年生まれ。2000年12月よりJHPで働いています。建設現場チェック、各種書類翻訳、関係官庁などとの連絡を務めています。
ティム・パリー(学校建設チーム)
2002年からJHPでプログラムアシスタントとして働いています。40歳です。皆さんこんにちは〜!いつか日本を訪れたいです。日本の皆さん、カンボジアにいらした際は大歓迎致します。
ソンバット(教育支援チーム)
私はスーン・ソンバット、57歳、コンポンチャム県出身です。1993年からJHPで働いています。音楽と美術を通してカンボジアの子どもたちに喜んでもらうために頑張っています。将来より多くの学校が音楽と美術について理解を深めてくれることを願っています。
カナリン(教育支援チーム)
私はマオ・カナリン、36歳です。バッタンバン県出身で、今はプノンペンで2人の友人とルームシェアをしています。JHPで仕事をし始めて約1年になります。カンボジアの子どもたちが他の国と同じように音楽教育を受けられるようにするJHPの教育支援プロジェクトは、とてもよいものだと思っています。
クッ・チャリヤ(教育支援チーム)
私の名前はクッ・チャリヤです。5人家族・3人兄弟の真ん中です。私は子どもの教育に関わる仕事がしていきたいですし、JHPで田舎へ出張し、プノンペンとは全く状況の違う田舎の子どもに対して何か支援をしたいと思っています。

シン・サレット(学校建設チーム)
こんにちは、シン・サレット28歳です。最愛の妻とひとり息子がいます。2009年2月からプログラムアシスタントとしてJHPで働いています。私達の国カンボジアの発展に寄与できるJHPの学校建設事業に携わることができて、とても嬉しく思いますし、また、誇りに思っています。カンボジアは日本から多くのサポートを得ています。日本の皆さんに本当に感謝しています。
今後、学校建設事業のスタッフとして、先輩諸氏から多くのことを学び、この責務を全うしていきたいと思っています。よろしくお願いします。

ヘイン・サラディ
(教育支援チーム)
スオスダイ!私の名前はヘイン サラディです。私は結婚して、1人の娘がいます。プログラムアシスタントとしてJHPの教育支援チームでカンボジアの子供たちのために働いていることを、とても誇りに思っています。この仕事で、たくさんの州を訪れるチャンスがあり、特に地方に行った時にはその地に暮らす人々の様子や、厳しい仕事環境を目の当たりにし、私の国の教育システムをより深く知ることができます。