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南三陸町活動レポート

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2011年3月27日(日)

活動メンバー:木村・芳賀・麻田・山岡理事・小野寺・高原・森・平野

08:00 
・南三陸町社会福祉協議会仮事務所を出発。
08:30 
・ベイサイドアリーナ着。災害ボランティアセンター開所準備。
09:00 
・南三陸町災害ボランティアセンター受付開始。
・JHP理事山岡、ボランティアの小野寺、高原、森、平野合流。三島ロータリークラブからの支援物資を避難所へ届けたあとボランティア活動に参加。
・災害ボランティアセンターのテントが強風により吹き飛ばされそうになったため、土嚢つめ作業を川原にて行う。約100袋の土嚢を作る。
・本日は日曜ということもあり、ボランティア受付には町外からたくさんの人たちが訪れ、ボランティア活動に参加。
・本日は計72名のボランティアが活動を行った。主に、次々と届けられる支援物資の整理、搬出入の手伝い、避難者の食事の配膳、電気のないガソリンスタンドの備蓄ガソリンをくみ上げるため発電を行う(自転車をこぐ!)などのボランティア活動があり、JHPメンバーはセンター事務局として、それらのマッチング業務、問合せ者対応、新たなニーズ要請者の対応(本部との調整)などを行う。
・避難所内で住民のリーダー的存在として全体を把握してくださっている方と、随時避難所内とボランティアセンターの状況を把握/共有し、ボランティアの無駄な派遣やミスマッチがないか、住民とのトラブルがないか等について調整を行う"コーディネーター"をJHPが行い、避難所とボランティアセンターを往復。この作業が、しばらくは住民とボランティアが協調できるシステムを作るためのキーになる。
・今後、巡回風呂に入りたいお年寄りの入浴のお手伝いやベイサイドアリーナの他に47ヶ所に存在する避難所のニーズ調査を行うことが急務であり、社会福祉協議会の方と協力しながら必要なニーズを調査しそれらに対応できるボランティアを適材適所に送るよう努めていく。
16:00 
・ 災害ボランティアセンター受付業務終了。
・ 本日活動を行ったボランティアが、終了の報告を行いにセンター受付に随時戻ってくる。彼らの感想や意見等を聞き、それを各現場班長に伝え今後改善していく予定。登録用紙備考欄に戻った時刻、感想や気付いた点、ボランティアに付随する情報等を記載。
※JAガソリンスタンドで自転車こぎをしえくれた2名は翌日8時半に現地直行となった。2名は友人同士で岩手県一関市から車で通う。1名は27日まで、1名は31日までボランティア稼働可能。
17:00 
・ 南三陸町社会福祉協議会全体ミーティング参加。
18:00 
・ 災害ボランティアセンターミーティング

まとめ

 本日は晴れたり、雪が降ったりと天候の変化が激しい一日であったにもかかわらず、県内外から多くのボランティアが参加された。川原に土のうをつくりに行った際、もう跡形もない自宅と思われる前で涙している方がおり、ここにあった彼らの人生が一瞬にして流され、たくさんの方が同じような思いをされていることを改めて痛感した。
 ボランティアセンターは、ボランティアの受付登録やマッチングのみならず、様々な団体からの問い合わせや、報道関係者への対応(すべての回答は南三陸町社会福祉協議会及びボランティアセンター本部に依頼)など、やることは多く、1日があっという間に終わってしまう。
 ここ、南三陸町が復興するまでに長い時間がかかると思われるが、少しでも復興に役立つ、被害のあった方々のお手伝いができるよう、活動を行っていきたい。

 本日、JENが被災地の調査のためボランティアセンターを訪問。南三陸町の状況や避難所について簡単に説明を行った。なお、JENはプレハブの供与を被災地に行っており、現在5〜6棟を提供することが可能とのこと。ボランティアセンターを運営する南三陸町社会福祉協議会はボランティアセンター設置にかかりプレハブを探していることを思い出し、JENと引き合わせる。南三陸町社会福祉協議会がプレハブ5棟の供与を受けることで調整が進んだ。必要とされる場所へ必要な物資が届くこと、その調整にJHPがお手伝いできたことを嬉しく思う。
 夕方のボランティアセンター運営チームでのミーティングには、宮城県社会福祉協議会からの参加もあった。活動方法や住民の方々との協力や調整方法をいかに行っていくかで、白熱議論がされた。その中で、県社協の方より、「復興の主役は自分たち外部の人間ではなく、住民。彼らのこれまでのやり方や流れを尊重し、そのサポートを最大限行っていくことが我々の出来ることである」とおっしゃっていた。外部の私たちが、どうしたいか、ではなく住民のみなさんの復興の方針に対しサポートが少しでもできたらと思う。

追記

1.ベイサイドアリーナ避難所で住民ボランティアのリーダー的存在として活動している女性から相談とお願いをうける。これまで連日さまざまなボランティアが勝手にやってきて自分達のやり方で勝手にかき回して帰っていくケースがあった。避難者は何か物色されている印象を受け、とても不快な思いをしている。そういったことの無いようVCが立ち上がったと理解している。自分達のことを思いボランティアに来てくださる気持ちはありがたいが避難所のやり方があるのでそれに副ってほしい、また避難者が警戒するので、先ず何の仕事(物資、食事配善ほか)で何名入るかなどを伝え、皆さんへインフォメーションがあってから活動を行なうようにすることなど、再度協力体制を確認する。

2.VC開設初日、近畿ブロック社協3名の避難者聴き取りにより早急に電気技師がもとめられていた。これには当てはまらないが、ボイラー関係の仕事をしているのか、ドラム缶を利用した風呂釜設置を歌津地区で行うボランティアが山口県下関市から来訪。親子(父、8歳息子)が春休みを利用しての活動らしく、寝泊り食事を自己責任で4月初旬まで滞在可能とのことで、早速役場職員と歌津地区へ出発。この親子については終了時刻の16時を過ぎるかもしれないが同行した役場職員へ委ねることになる。

3.急きょ、鍼灸免許をもつ方からボランティアの申し出があり、ベイサイドアリーナ内避難者の要望がありそうか、また場所の確保が可能かなどを本部スタッフが確認。椅子を幾つか用意し、そこでストレッチと鍼灸を行う。肌を露出できるスペースと囲いがあればもう少し本格的にできる。1時頃の来訪であったため10名について治療できた。

4.取材者は多数訪れるが、VC本部としてはまだ大人数の受け入れができる時期、状況でないため、記事を書くときに常に注意深くしている。被害の甚大さゆえ大勢のボランティアが絶対的に後々に必要になるがまだその時期ではない。気持はありがたいが待ってほしい。呼びかけをしないで欲しいと規制している。

5. 清水地区の被災者の友人をたよりに、関東地区から6名の方が情報収集のため来訪。ボランティア受け入れ状況、ボランティアの宿泊場所等について質問受け対応する。迷彩服を着た被災者は若くカリカリしている様子だが、静かな口調で状況説明を丁寧にすることで、友人達のほうが宿泊先提供が不可能な現状を先に納得しその日は帰られた。清水は壊滅的な被害を受けた地区のひとつなので、自衛隊が行っている瓦礫撤去などをボランティアで行いたいのかもしれない。

6.日曜日ということでいつもより避難場所のベイサイドアリーナは全体が騒がしい。人の出入りもいつもより多い。ヘリコプター(自衛隊に限らず)の離着陸が終日激しい。
 大きめの避難場所ではどこでもヘリポートスペースを確保しており、物資輸送、救急等の対応をしている。このヘリポートスペースが必要なくなってくると、子どもたちの運動場所や避難者への気がまぎれる何か試みを企画することもできるかもしれない。

7.仙台の明泉学園が米軍基地で保管していた物資をこれまでさまざまな避難所に届け、既に物資は底をついたが、「アシ」としての運転手と車輌を利用し、物資を各避難場所へ専門で届けるボランティア業務の相談があった。スタッフは15名。現在はクロネコヤマトが物資運搬を企業として救援活動として請け負っており、その下請け的に手伝っているそう。今後直接ベイサイドアリーナから47箇所の避難場所+個人被災者宅へ定期的に物資を届けるニーズがある場合ぜひ使って欲しいとの意向。本部で検討してもらいニーズが整理されたら要請、連絡をする。