会の紹介・沿革
設立の経緯
代表の小山内美江子は、1990年の8月、イラクによるクウェートへの武力行使によって勃発した湾岸戦争に際し、ヨルダン難民キャンプに出向きはじめての海外ボランティアを経験しました。
湾岸戦争時、「顔の見えない日本人」と批難されたことが行動の原点であり、共に活動した大学生の日々の成長に小山内が感動したことが、後のカンボジア活動へと繋がっています。
JHPの前身の団体JHPの母体グループ(JIRAC)でカンボジア担当だった小山内と二谷英明(俳優、JHP副代表)が、パリ和平協定調印後の1991年12月にタイ国境難民キャンプを視察し、更に92年活動の調査のため、カンボジア入りしたあと、1992年7月から学生らと共に帰還難民の救援に汗を流しました。
その後、学校建設の必要性を痛感し、1993年9月に「カンボジアのこどもに学校をつくる会」を設立しました。
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JHPの歴史(海外活動編)
1993年
| 5月 | ソマリア紛争による難民流出にあって友好団体と共にジプチに逃れたソマリア難民キャンプを救援し、他団体と協力し合える可能性から1994年3月にJENを結成する。 |
| 12月 | カンボジアボランティア隊派遣開始。(以後、年2〜3回を継続) 第1校目の「ダンカオ小学校」完成。 |
1994年
| 3月 | 旧ユーゴスラビアを支援するNGOグループ「JEN(Japan Emergency NGOs)誕生。 |
| 4月 | JEN事務所、クロアチアにて設置。事務局の体制整う。 |
| 7月 | 旧ユーゴスラビアJHP隊派遣開始。 クロアチアの難民キャンプにプレイグラウンド建設。 ※この時にJHP独自のオレンジTシャツが完成。 |
| 8月 | セルビアのベオグラードからモンテネグロへ、赤十字のプランで支援開始。 |
| 9月 | 旧ユーゴスラビア・クロアチアのリエカで難民の人々への支援活動。 |
| 10月 | JEN事務所に当会から駐在員1名派遣開始(1997年4月まで) |
| 12月 | カンボジアへ2校目のプレックリアプ小学校完成 |
1995年
| 1月 | 阪神淡路大震災に学生会員ら続々と救援活動を実施する |
| 3月 | カンボジア王国にJHPプノンペン事務所設置。 |
| 5月 | プノンペン市内47校に楽器を配る。 |
| 9月 | 旧ユーゴスラビア隊派遣。 ボスニア戦争により新たに発生したセルビア難民への救援活動に学生を派遣。 |
1996年
| 2月 | カンボジアに当会として初めて音楽教師1名を派遣。 |
| 10月 | 旧ユーゴスラビア「愛のポシェット運動」に5名派遣。 カンボジア30年来の大洪水で緊急支援を呼びかける。 |
| 12月 | アフリカに毛布をおくる運動に初めて学生3名派遣。 カンボジア第3校目完成後、シアヌークビル市の実地調査を開始。 |
1998年
| 3月 | カンボジア教育省とJHPがNGO活動の合意書を結ぶ。 カンボジア隊派遣。期間中に小椋英史さんが持病で逝去。 |
| 9月 | JENを通じてコソボ避難民への支援開始。 |
1999年
| 3月 | シアヌークビル市に「カンボジア日本友好桜学園」3棟が完成。 |
| 4月 | JHP美術教育プロジェクト開始。日本人教師1名派遣。 |
| 9月 | ユーゴスラビア活動中に4名がコソボ視察。 |
| 12月 | プノンペン市で第1回絵画展覧会を開催。 |
2000年
| 1月 | 小山内代表の支援でマーチングバンドプロジェクト開始。 |
| 10月 | JHPの音楽研修でプノンペン市教育局認定の音楽教師7名誕生。 |
2001年
| 2月 | JENの要請でインド地震救援隊4名派遣。テント45張を支援。 |
| 12月 | 初めてのスタディツアー開催。(以後、毎年1〜2回開催) カンボジア王国と覚書を交わし正式なNGOとして認められる。 |
2002年
| 3月 | ユニセフとの合同プロジェクトでアフガニスタン支援開始。駐在員を1名派遣。 |
| 8月 | カンボジア活動派遣者が500名突破。 |
| 11月 | ラオス、バングラデシュ視察(小山内、今川、佐伯) |
| 12月 | JHP初の児童養護施設完成。 ローカルNGOのCCH「幸せの子どもの家」による運営はじまる。 |
2003年
| 1月 | 外務省の日本NGO支援無償資金でカンボジアに机・椅子を輸送。(以後、数回実施) |
| 8月 | JHP初となるラオス王国での校舎完成。 |
| 9月 | ボスニア(旧ユーゴスラビア)活動隊4名派遣。 カンボジアでマーチングバンド専門家の短期指導実施。(以後、年1〜2回実施) |
| 12月 | JHP支援による100棟目の校舎が完成する。 |
2006年
| 3月 | 小山内代表カンボジアよりモニサラポン大十字勲章受賞。 カンボジアに150棟目の校舎完成 |
| 5月 | プルサット州の校舎にはじめて太陽ソーラーシステムを設置。 |
| 6月 | CCH「幸せの子どもの家」に2棟目の施設完成。 |
| 8月 | カンボジアで初となる音楽教科書完成。 |
| 9月 | 国際ボランティア・カレッジ開講 |
2007年
| 2月 | 国際ボランティア・カレッジカンボジア研修実施。 JHPとして初めてアンコールワット遺跡群の研修を実施。 帰国後終業式。 |
2008年
| 2月 | カンボジアに200棟目の校舎着工 |
| 8月 |
カンボジアに200棟目の校舎完成 |
2009年
| 2・3月 | 国際ボランティア・カレッジ研修&2009年3月カンボジア活動隊実施 |
| 8月 |
2009年8月カンボジア活動隊実施 |
2010年
| 2・3月 | 国際ボランティア・カレッジ研修&2010年3月カンボジア活動隊実施 |
| 8月 |
2010年8月カンボジア活動隊実施 |
1993年
| 12月 | 第1回チャリティーイベントをキャピトル東急ホテルで開催。 |
1994年
| 11月 | 御殿場市国際交流協会より約1トンの楽器の寄贈を受ける。 |
1995年
| 1月 | 阪神大震災発生。当日から救援活動開始(同年8月まで継続) |
1996年
| 1月 | 倒壊した本興寺の柱、天井板等を譲り受け阪神大震災チャリティーアート展・バザール開催。 |
| 8月 | JHP東京事務所を港区赤坂の「シナリオ会館」に移転。 |
1997年
| 2月 | 日本海重油災害発生。回収ボランティア派遣。 |
| 4月 | 団体名を「JHP・学校をつくる会」に改称。会費会員制を導入。 |
| 9月 | 地雷廃絶日本キャンペーン(JCBL)の構成団体となる。 |
1998年
| 6月 | 熊本県国際課の研修生招聘制度に当会推薦のカンボジア人が採用される。(以後、毎年1名採用) |
| 11月 | チャリティーコンサート&バザール「カンボジアに桜中学校と金八先生を!」開催 |
2000年
| 6月 | NPO法人設立総会開催 |
| 10月 | 東京都よりNPO法人に認められる |
2001年
| 8月 | 廃校となった六本木の三河台中学校に港区の許可を得て事務所移転。開所式を行う。 |
2002年
| 2月 | 小山内代表の「もろもろ受賞を祝う会」開催。 |
| 5月 | 東京放送(TBS)にてテレビ番組でカンボジア活動を含めた「贈る言葉〜脚本家・小山内美江子のメッセージ」が放送される。 |
| 2月 | 小山内代表「『ボス』と慕われた教師」(岩波書店)発行 |
| 8月 | 「熱海"起雲閣"から国際協力アート展」開催。(以後、年1回実施) |
| 11月 | 小山内代表が第8回咢堂賞を受賞 |
2004年
| 1月 | 国税庁より日本で19番目の「認定NPO法人」に認められる。 |
| 7月 | 新潟水害のボランティア活動実施 |
| 10月 | 中越震災のボランティア活動実施 |
2005年
| 2月 | 三宅島帰島ボランティア支援活動参加 |
| 7月 | 天満敦子さんチャリティーコンサート開催(以後、毎年) |
| 10月 | 藤村志保さん地唄舞特別公演 |
2006年
| 5月 | JHP・藤原紀香カンボジア子ども教育基金スタート。 |
| 9月 | 国際ボランティア・カレッジ開講 |
| 12月 | チャリティー・オークション・パーティー開催 |
2007年
| 7月 | 東京事務所を浜松町宮下ビル4階に移転 |
| 9月 | 小山内美江子国際ボランティア・カレッジ第2期開講 |
| 10月 | 15周年記念祝賀会開催(東京プリンスホテルにて) |
2008年
| 6月 | 天満敦子さんチャリティーコンサート開催 |
| 9月 | 小山内美江子国際ボランティア・カレッジ第3期開講・ 小山内代表が「第20回毎日国際交流賞」受賞 |
| 12月 |
チャリティー・オークション・パーティー開催 |
2009年
| 2月 | チャリティーイベント2009 『赤坂BLITZでハジケて翔ぼう!』開催 |
| 5月 | 東京事務所が田町へ移転 |
| 10月 |
天満敦子さんチャリティーコンサート開催 |
|
国際ボランティア・カレッジが第3回浄土宗共生(ともいき)・地域文化大賞受賞 |
2010年
| 2月 |
アカウンタビリティ・セルフチェック2008を実施 |
| 7月 | 天満敦子さんチャリティーコンサート開催 |