学校建設・あの学校はいま
JHP設立以来、校舎建設に協力した学校のなかから、次の3校の様子をお知らせします。
・ダムコー小学校(プノンペン市)
・コンペンチャス小学校(シアヌークビル市)
・小椋トロケアット小学校(プノンペン市)
ダムコー小学校(プノンペン市)
学校の歴史
1998年「アジアの子供たちに学校をつくる議員の会」のご寄付により、1棟3教室を建設、1棟3教室を修理、トイレ4室を建設。 当時、2校舎あったが1棟はボロボロの校舎で、倒壊の危険があったため使用不可。もう1棟は老朽化が激しく、窓やドアもなく、屋根が雨漏りしていたので2教室だけを使っていた。生徒数は130名だったが、新校舎、および修理の成果で300名の生徒を受け入れられるようになった。 1998年には12月隊がブランコを建設、翌年には12月隊と全東芝隊によってタイヤ遊具を設置した。 ダムは「カポックの木」を意味し、村名にもなっている。(以前カポックの木が群生していたと思われる。) |
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生徒へのインタビュー
| 性別 年齢 学年 | 男子 12歳 6年生 | 男子 14歳 6年生 | 女子 12歳 5年生 |
|---|---|---|---|
| 家族構成 | 両親と3人兄弟 | 両親と4人兄弟 | 両親と姉 |
| 家での仕事 | 家事 | 家事と弟妹の世話 | 家事と農作業の手伝い |
| 好きな教科 | クメール文学(国語) | 算数 | 社会科 |
| 将来の夢 | 先生 | 医者 | アプサラ舞踏家 |
| 日本を知ってますか? | TVと活動隊を通じて | TVと活動隊を通じて | TVと活動隊を通じて |
教師へのインタビュー
| 性別 年齢 担当学年 | 女性 25歳 5年生 | 女性 30歳 1年生 | 女性 30歳 6年生 |
|---|---|---|---|
| 学校が抱える問題点 | 一部の生徒の知識不足と欠席率の高さ | 多くの生徒がまだ幼く、欠席率が高いこと。教材不足 | 欠席率の高さ。高学年が低学年にアドバイスできればよいが。 |
| 生徒に望むこと | 高校までは卒業してほしい。 | 家庭の状況にもよるので、生徒だけに期待できない。 | 何か良い職業について、生活水準を上げてくれればと思う。 |
| 教師として心がけていること | 読書をして、生徒たちに理解してもらえるよう勉強している。 | 読書をし、より多くの教材を作るよう心がけている。 | 読書。 |
| 音楽・美術教育についてどう考えていますか | 美術を通じて生徒たちは沢山の色をつかうことができるようになる。また歌も多く歌えるようになる。 | 生徒の大半が美術と音楽が大好きと言っているので、非常に良いと思う。 | 美術と音楽によって、子どもたちがたくましく、理解力のある子どもになると思う。また想像力豊かになり積極的に意見を述べるようになると思う。 |
コンペンチャス小学校(シアヌークビル市)
学校の歴史
1998年国際ソロプチミスト駿河のご寄付で1棟5教室、トイレ4室、井戸が完成した。 以前は木造トタン屋根の1棟3教室のみの小さな学校だった。学校から海が望める自然豊かな場所であることから「海が見える丘の学校」と名づけられた。コンペンは「海岸付近の土地」という意味を持ち、チャスは「古い」を意味する。 1998年3月隊がブランコを建設。子ども達に大人気で消耗が激しく2003年に撤去。2004年3月隊が新たにブランコを建設した。 |
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生徒へのインタビュー
| 性別 年齢 学年 | 男子 18歳 6年 | 男子 15歳 6年 | 女子 13歳 2年生 |
|---|---|---|---|
| 家族構成 | 両親と男2人女1人の兄弟 | 両親と男1人女2人の兄弟 | 両親と男1人女1人の兄弟 |
| 家での仕事 | 両親の雑貨屋の手伝い | 炊事と両親の魚売りの手伝い | 水運びと食器洗い |
| 好きな教科 | 絵画 | 算数 | 絵画、歴史 |
| 将来の夢 | 歌手になりたい | 美容師になりたい | 医者になりたい |
| 日本を知ってますか? | 僕たちの学校を建ててくれました。 | 道路や橋を造ってくれました。 | テレビで見て、人が多く地下鉄があってきれいな花が咲いている国だと思いました。 |
教師へのインタビュー
| 性別 年齢 担当学年 | 男性 25歳 5年生 | 女性 24歳 2年生 | 男性 32歳 4年生 |
|---|---|---|---|
| 学校が抱える問題点 | トイレと水が今使えないことです。トイレが使えないので、教員も子どもも困っています。 | 私の生徒は2年生でまだ小さい為、わかりやすく教えるのに苦労しています。 | 教材がないこと。学校にフェンスがなく子どもたちの安全が心配。貧しい家庭ではよく引越しするので学校へ行けなくなる子もいます。 |
| 生徒に望むこと | このあたりの住民は比較的貧しいですが、子どもたちが中学校まで勉強を続けてくれることを願っています。 | できるだけ授業を理解してもらえたらと思っています。 | 貧しい地域のため進学する子は少ないですが,一生懸命勉強して将来仕事についてほしいです。 |
| 教師として心がけていること | 資料を調べたりして、子どもたちに教える技術を向上できるようにしています。毎年自分でも上達していると思います。 | わかりやすい教え方を研究したり、子どもたちの学習意欲や理解力の向上のために親御さんに教育に関心を持ってもらうよう働きかけています。 | 教材を準備したり、音楽や絵画を取り入れて子どもたちを楽しませるような工夫をしています。 |
| 音楽・美術教育についてどう考えていますか | とても大切ですが、私は音楽を教えることが出来ませんし、絵画もあまり技術がないので、よく教えることが出来ません。 | 毎週土曜日には絵画を教えています。絵画も音楽も、とても重要な教育だと思います。 | 音楽と絵画は、生徒にも教員にもとてもよいことだと思います。子どもたちは学校に行くのが楽しくなると思います。 |
小椋トロケアット小学校(プノンペン市)
学校の歴史
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キリングフィールド記念塔の真横に位置するこの学校は、JHPのカンボジアでのボランティア活動中に急死された北海道江別市江別小学校元校長、小椋英史氏が視察・決定した学校で、御遺族のご寄付により1998年に1棟5教室が建設がされた。そして同年、最初のブランコが1998年12月隊によって建設された。 1999年には全東芝隊と12月隊によってタイヤ遊具が設置された。続いて2002年には原喜久江氏のご寄付により1棟4教室を建設。2006年には3月隊によって新しいブランコが作られた。 トロケアットという名前は村の名前であるが、もともと村の池にトロケアットという食用花がたくさん浮かんでいることから名付けられた。 |
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生徒へのインタビュー
| 性別 年齢 学年 | 女子 13歳 6年生 | 男子 12歳 6年生 | 男子 15歳 6年生 |
|---|---|---|---|
| 家族構成 | 両親と4人兄弟 | 両親と3人兄弟 姪1人 | 祖母1人 両親 10人兄弟 |
| 家での仕事 | 牛の世話 料理 家事 | 牛の世話 米の収穫など農作業。 | クメールケーキ販売の手伝い。 |
| 好きな教科 | 算数 クメール文学(国語) | 算数 クメール文学(国語) | 体育 |
| 将来の夢 | 医者 | 芸術家 | バスケットボール選手 |
| 日本を知ってますか? | TVや活動隊を通じて。 | 活動隊を通じて。 | 贈呈式や活動隊を通じて。 |
教師へのインタビュー
| 性別 年齢 担当学年 | 男性 51歳 校長 | 女性 49歳 3年生 | 女性 54歳 6年生 |
|---|---|---|---|
| 学校が抱える問題点 | コミュニティーの運営や連絡が難しい。教頭がいないので自分が会議で不在時に学校を任せる人がいないのが気がかり。 | 定期的に学校に通えない生徒に連絡をとろうと思っても道路の状況が悪く、家庭訪問も難しい。また、画材などの教材が不足しているのも悩み。 | 午後の授業の欠席者が多いことと、教材不足。 |
| 生徒に望むこと | 生徒数が増えることを望んでいる。生徒が将来良い仕事、特に政府の役人などになってくれればと思う。 | 最近の生徒たちは賢いので期待をしているが、家庭の状況を考慮すると期待しすぎもよくないかもしれない。 | ライフスキルプログラムなどを通じて将来生活するための術を身につけてほしいと思う。役人になってほしい。 |
| 教師として心がけていること | 教員会議を毎月1回行い各自のスキルの意見交換を行う。その際、各自評価を行い改善できる点などを話し合っている。 | 参考になる本を読んで知識を広げようとしている。 | 読書 |
| 音楽・美術教育についてどう考えていますか | 生徒たちは絵の具を使うこと、絵を描くことを楽しんでいて非常によいと思う。JHPのワークショップに参加した教員は教えることを楽しんでいる様子だ。 | 学校では美術の授業を行っているが、生徒たちは絵の描き方、楽しみ方を知っている様子だ。 | 美術は生徒の創造力を高めるという点で非常に役立っていると思う。 |



